出会いの奇跡

偶然か運命か出会いの奇跡が起きた男女の素敵なのろけ恋愛・失恋体験談!思わず胸がキュンとする出会いのエピソードを紹介

中部・関西地方

絶対にあり得ないと思った人との出会いと結婚

初めは無理と思った結婚も、やはりご縁と言われるように、落ち着くところに落ち着くものだと思います。結婚に関しては周りに気を遣わず自分たちの思いを通したほうが後悔しないで済むと思います。家を継ぐということも何とかなるものです。

奈良県五條市の奇跡の出会い体験談

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その人を紹介されたのは教師をして3年目のことでした。教育委員会の課長さんからのお話で、お見合いの経験がなかった私は興味本位もあって、お会いすることにしました。

そのころとしては珍しく、二人きりでの食事ということでした。明日香鍋をごちそうしていただいたことを覚えています。お話をしているうちに「この結婚は無理だ」と思いました。彼は長男で、私は家を継ぐ立場だったからです。

そのことを話してこの話はもう終わったものと思っていました。その後、彼が学校に度々来るようになりました。なんとその人は教育委員会に籍を置く人だったようで、今までも来ていたようですが、私が気に留めていなかったのでした。

そのうちに私は妙に彼が気になり始めました

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それが恋というものだったかと今思います。もう一度出会う機会を何とか作りたいと考え、前にごちそうになったお礼にお食事に誘ったのです。今思うとなんて大胆だったのだろうと恥ずかしくなりますが。

その日は1974年1月3日になりました。彼は私が誘った意味をわかってくれていたようです。私の気持ちを確かめてくれました。「両親が、気に入ったのなら家のことは気にしなくていい。」と言ってくれていたのでそのことを伝えました。

彼は、「親が4人と思えばいい」と言ってくれ、「1月15日に私をもらいにいく」ということになったのです。両親にそのことを伝えました。その早さに驚いてはいましたが、「望まれるうちが花」と喜んでくれました。

その頃はもう婿養子に来てくれる人はほとんどありませんでした

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そして15日に結婚が決まりました。まさに電撃婚でした。結納が2月13日、結婚式が3月27日、何の用意もできないとちょっとひるみました。

なぜ急ぐのか、尋ねたところ、「弟が5月に結婚式を挙げることがきまっている。僕は長男だから出来れば先にしてくれ、と親が言っている」と言いました。3月27日に式を挙げたのは、私が教師で、春休み中ならあまり迷惑をかけずにできると思い決めたのですが。

彼は長男なのでその頃は親と同居が当たり前でした。しかし、彼の両親がまだ若かったので、別居を許してくれました。年齢差が6歳でしたので、頼りになる人でした。私の両親の意見をいつも尊重してくれ、大切にしてくれました。

「嫁入りの荷物は特別にしないで、新居に合うものを自分たちで買うように。電化製品は電気店から、家具はこちらから注文して、余分なものはしない」と言うことも受け入れてくれました。今は年を取りましたが二人で仲良く暮らしています。

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